文人の宿”柳水園”/咲花温泉開湯70周年
ごめんください、地域おこし協力隊の邱です。
五泉の魅力のひとつが温泉です。その中でも、五泉市の東側に位置する、阿賀野川沿いの咲花温泉が2024年に開湯70周年を迎えています。
もともと阿賀野川の河原では温泉が自噴しており、昭和29(1954)年に温泉井戸を掘削し、摂氏57度の湯が沸き出たことをもって、咲花温泉の開湯となりました。
弱アルカリ性で硫黄泉の泉質は「美肌の湯」として名高く、エメラルドグリーンの温泉は多くの人々を虜にしていて、私もそのうちの一人です。今回咲花温泉の温泉旅館6軒の取材を企画しました。
今回取材に応じて頂いたのは”文人の宿”とも呼ばれる「柳水園」の女将、石井恵理子さんです。
坂を上ったら柳水園
JR東日本の咲花駅から咲花温泉街へ向かうと、右側に柳水園につながる坂道が見えて来ます。車で坂を上ると、建物の前に駐車場が広がります。咲花温泉で川沿いではない、山側の2軒の旅館のうちの1軒が柳水園です。
柳水園開業、「文人の宿」へ
柳水園の開業は昭和35(1960)年でした。現女将の恵理子さんのご両親、石井貫一さんと竹子さんご夫婦が東京で開業医をしていた親戚と一緒に開業しました。その際、当時の流行作家の尾崎士郎さんが「柳水園」と命名しました。「柳」は柳都新潟、「水」は水都新潟や阿賀野川から命名されたのではないでしょうか。
開業後、柳水園は東京の文人にも知られるようになり、多くの文人たちが訪れました。色紙を残した文人に山口瞳さん、青木雨彦さん、佐野洋さんの名前が挙げられます。作家で釣り好きで知られる井伏鱒二さんも釣り仲間との旅行で柳水園を訪れました。当時のことを振り返る新聞記事がありました。
東京と新潟を繋ぐ上越新幹線が開業したのが昭和57(1982)年です。それより20年ほど前に、インターネットもなかった時代に、咲花温泉を知り、遙々東京から咲花温泉に来られたことは、なんだか不思議で風情がありますね。
熱々温泉に懐かしき建物
柳水園の魅力を恵理子さんに聞くと、やはり温泉です。
一切手を加えず、100%源泉かけ流しの熱めのエメラルドグリーンの温泉を目がけて通うお客さまが多いと言います。
1階玄関から廊下に沿って一番奥が浴室、手前が男湯で、一番奥が女湯です。中に入ると浴槽がひとつ、硫黄の匂いが漂い、侵食された壁が力強い温泉成分と歴史を物語っています。すこし異空間のようなこの浴室ですが、お客様の中には「ずっとこのままであって欲しい」の声も少なくありません。
温泉のほかに、「建物が素晴らしい」と言われることもよくあると言います。建物がほぼ開業当時のまま、昔ながらの構造に、「なんとなく、料亭の構造に似ていると感じます。」と恵理子さんが言います。両親から受け継いだこの温泉と建物をできるだけ続けるために、恵理子さんは今日も柳水園を営んでいます。
気ままな旅のすすめ
現在、柳水園での宿泊は素泊まりか、朝食付きのプランから選べます。恵理子さんが自ら用意した、ごはんに焼き魚や納豆など、シンプルで繊細な和食の朝食はまた美味しいです。ちょうど、邱隊員が友人と宿泊する機会があり、温泉を楽しんだだけでなく、美味しい朝食も堪能しました。体も胃袋も癒やされて、友人とともに大満足でした。
【写真】柳水園ギャラリー
最後に
取材中に日帰り入浴のお客様がいらっしゃいました。恵理子さんが応接室から出て対応すると、お客様は慣れた様子で奥の浴室に向かいました。長年の常連さんでした。常連客には近くの人々だけではなく、遠方からのリピーターもいるといいます。気軽に温泉を楽しめるのが魅力的で、邱隊員も日帰り入浴を何度か利用しました。帰り際、恵理子さんと軽く世間話をしてから見送ってくださって、心までほっこりでした。知る人ぞ知る「文人の宿」柳水園、皆さんもぜひ訪れてください。
※咲花温泉での日帰り入浴は宿泊予約や当日の状況によって、受入れ状況が変わります。各旅館に電話にて事前確認することがおすすめです。
電話番号は下記リンクよりご確認いただけます。
<咲花温泉旅館協同組合>